軟部外科シリーズ:軟口蓋過長症

今回は犬の呼吸器疾患である『軟口蓋過長症』の手術についてお話しします。

お散歩中にワンちゃんがパンティングしている時に、

ゼーゼーやガーガーと大きな呼吸音が聞こえる経験をしたことはありませんか?

もしかしたらそれは軟口蓋過長症が隠れているかもしれません。

患者さま情報

・犬種:ブルドック

・年齢:3歳

・体重:35kg

・主訴:暑くなったり興奮した際にゼェーゼェー、ゼコゼコと呼吸が荒くなる。

軟口蓋過長症について

軟口蓋とは咽頭部において鼻腔と口腔を隔てるヒダ状の軟部組織です。

軟口蓋過長症では軟口蓋が通常よりも長く、

喉頭蓋(食道と気管の入り口を開閉する組織)を越えて喉頭内に入り込み、呼吸障害が生じます。

好発犬種はフレンチブルドックやパグなどの短頭種に分類される犬種で、

これらの犬種は先天的に軟口蓋が長く、肥厚していることが多いです(約80%)。

また、短頭種では外鼻腔狭窄、喉頭小嚢の外反、気管低形成などの呼吸器疾患も併発することが多く、

それらと合わせて『短頭種気道症候群』と言われています。

症状

主症状は吸気時に軟口蓋が喉頭に入り込むことにより気道が狭窄することにより発症します。

軽度な場合は就寝時のいびきに始まり、

進行してくると起床・就寝問わずパンティングと共にガーガーといった喘鳴が起こります。

気道の狭窄は努力性の吸気を招き、強く吸気すること(大きく息を吸うこと)によって

気道粘膜が腫れてしまったり、気管虚脱(気管が圧によって凹んでしまう状態)を起こしてしまったり、

さらなる呼吸状態の悪化を招いてしまいます。

また、呼吸状態の悪化は熱がこもりやすく、時期によっては熱中症の原因にもなり得ます。

時には呼吸困難によりチアノーゼや失神、虚脱することもあります。

検査

レントゲン検査にて軟口蓋の確認を行います。

鼻腔、口腔、咽頭、喉頭、気管、肺といった各呼吸器に異常がないことを確認します。

軟口蓋過長がある場合、軟口蓋が喉頭蓋を越えて喉頭内(喉の奥)に侵入している所見がみとめられます。

必要に応じてによっては、全身麻酔下での咽頭の直視や内視鏡検査を行うこともあります。

実際の検査結果

正常のレントゲン検査所見と見比べると軟口蓋が厚く、

喉頭蓋を越えて喉頭内への軟口蓋の侵入を認めました。

気管虚脱や肺炎等その他の呼吸器病変は認められませんでした。

犬種、症状、検査所見より軟口蓋過長症と診断しました。

鼻腔狭窄の所見も認められましたが、

主要病変は軟口蓋過長症であると判断したため、軟口蓋の手術をすることをご了承いただきました。

軟口蓋過長症の治療・手術について

気道粘膜の浮腫を軽減するためにステロイドを投与することがありますが、

原因の除去にはなり得ないため、根治には手術が必要です。

軟口蓋が喉頭内に入り込まない長さまで切除し、物理的に短くします。

上の画像では軟口蓋が喉頭蓋よりも奥に入っていることが確認できます。

軟口蓋を手前に牽引している画像です。

喉頭蓋よりも少し手前まで軟口蓋を切断しました。断端は吸収される糸で縫っています。

長すぎても症状の改善にはなりませんし、短すぎた場合は嘔吐の際に鼻腔への吐物の侵入のリスクが高まり、

鼻炎や副鼻腔炎の原因になってしまいます。

切除の基準は軟口蓋の先端が喉頭蓋の先端に少し触れるくらいの長さに調節して切除します。

術後の注意事項

呼吸障害が生じていることが予想されますので呼吸管理が重要になります。

通常、麻酔中は気管チューブを挿管し酸素の通り道を確保して呼吸管理を行います。

覚醒時には抜管し通常の呼吸状態に戻します。

この流れは通常の手術と違いはありませんが、

手術による炎症で軟口蓋と咽頭部が腫れていますので、抜管時に呼吸困難になることがあります。

抜管後も呼吸状態に注意を払いつつ、十分に酸素を嗅がせながら経過を見ていきます。

呼吸状態によっては2〜3日の入院が必要になるケースもあります。

おうちでの過ごし方

術後は軟口蓋・咽頭部が炎症を起こしていますので刺激に対してデリケートになっています。

抗生剤を投与しつつ、術部を刺激しないように食事はふやかしフードや缶詰などの柔らかいものを与えます。

また、呼吸が激しくなるような運動も控えるべきでしょう。涼しくすることも重要ですね。

おおよそ1週間ほどで術後の炎症は落ち着き、呼吸の改善が認められてきます。

早い子であれば手術直後でも程度に差はあれど呼吸の改善が認められることもあります。

今回ご紹介した患者さまは二日間ほど食後に血混じりの嘔吐がありましたが、

その後は嘔吐もなく呼吸改善も緩やかに認められ、ゼェーゼェーすることが減少していきました。

暑い時期に入ってからの呼吸状態によっては鼻腔狭窄の手術のご相談もさせていただく予定です。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

ご不明なことがありましたら、お気軽にご相談ください。

獣医師 上野