循環器シリーズ3:猫の肥大型心筋症

前回までは犬に多い心疾患についてお話しさせていただきました。

今回は猫に多い心疾患である、『肥大型心筋症』について、その症例をご紹介させていただきます。

患者様の情報:猫、ブリティッシュ・ショートヘア、7歳、男の子

咳と異常な呼吸を主訴に来院され、胸部レントゲン検査と今までの病歴から、喘息が第一に疑われました。

ただ、同時に心雑音も聴取されましたので、心疾患を併発している可能性を考慮して、

NT-proBNP(以下、便宜上BNPと記載)を外部委託検査で測定しつつ、喘息の治療を開始しました。

BNPは1500 pmol/L 以上(基準値:100 pmol/L 以下)で高値を示しました。

BNP検査について

BNPは心臓のバイオマーカーで、心疾患の評価のために測定します。

一般的に心疾患で心臓に負荷がかかると高値を示し、負荷が強くなれば数値は高くなっていきます。

また呼吸器疾患では高値になりませんので、本症例のような場合には心疾患が強く疑われます。

BNPが高値であり心疾患の併発が疑われましたので、

追加で各種精密検査を実施し、肥大型心筋症と診断しました。

肥大型心筋症の診断は、心筋の肥大を確認することと、

心筋の肥大を引き起こす別の疾患(高血圧や甲状腺疾患など)を否定することが必要になります。

そのため、心臓超音波検査、胸部レントゲン検査、各種血液検査、血圧測定といった

複数の検査での確認が重要です。

エコー写真:心筋の肥大

レントゲン写真:負荷がかかり変形・拡大した心臓

肥大型心筋症について

肥大型心筋症は猫で最も多い心疾患で、心臓の筋肉が分厚く肥大してしまうのが特徴です。

遺伝的な要因が関与していると言われますが、詳細な原因はまだわかっていません。

診断される年齢は6ヶ月齢から20歳と幅広く、また男の子に多いとされています。

心臓には右心房・右心室・左心房・左心室の4つの部屋があり、

全身に血液を送る最も大きな部屋が左心室です。

肥大型心筋症では、特にこの左心室が肥大し、うまく膨らむ(拡張する)ことができなくなります。

その結果、全身に血液を送る機能が低下するほか、左心室に隣り合う左心房や肺で血液がうっ滞します。

そのため重症化すると、左心房ではうっ滞した血液から血栓が形成され、

肺ではうっ滞した血液から肺水腫や胸水症といった呼吸困難状態が引き起こされます。

肥大型心筋症は軽症であれば無症状のことが多いのですが、

最初の症状としては元気や食欲の低下が多く見られます。

進行した場合は呼吸困難、咳、チアノーゼなどが見られるようになり、

重篤な場合は亡くなることもあります。

また血栓が形成された場合、後ろ足に繋がる血管で詰まりやすいため、

後ろ足が立たなくなるといった症状が見られます。

治療は、心臓の負荷を軽減する内服薬、状況によっては血栓を形成しにくくする内服薬などを投与します。

本症例の経過・治療方法

喘息の治療によって、当初の咳や呼吸の異常は改善しました。

しかし、BNPが非常に高い値であったため、心臓機能の改善のために、

β遮断薬であるカルベジロールを処方しました。

その後BNPは低下したものの1年が経過した頃に再び上昇し、

今度は抗アルドステロン薬であるスピロノラクトンを追加処方することで、BNPは低下しました。

しかし、さらに6ヶ月後、元気が消失したため来院されました。

BNPは再び上昇し、心臓超音波検査では心臓の収縮力が低下していたため、

強心薬であるピモベンダンを追加処方しました。

その後は元気が回復し、心臓の収縮力も改善、BNPも低下しました。

現在のところ初診日から2年間弱が経過していますが、安定して非常に良好な経過を保っています。

進行していく疾患ですので、他の心疾患の症例と同様に、定期的な診察や検査を実施していく予定です。

獣医師 矢野